保育園で活用できる
保護者対応のための記録システム
厚生労働科学研究費補助金「F-SOAIPを用いた特別な支援の必要な保護者対応の記録システムの開発(21AA1001)」(研究代表 上田敏丈)の研究成果として発表するものです。
研究メンバー
代表 上田敏丈 名古屋市立大学
勝浦眞仁 同志社女子大学
小嶋章吾 国際医療福祉大学
嶌末憲子 埼玉県立大学
協力 中村聖子 大倉山元気の泉保育園
園と保護者のよりよい関係をめざして
本研究は、保育所や幼稚園において、様々な保護者(特に支援や配慮の必要な方)へ保育者が対応していく上で活用できるシステムの構築を目指しています。保育者にとって、保護者支援は重要である一方、どのように支援をしていくべきか、また、保護者支援が各保育者に任せられるだけではなく、園全体で情報を共有するためには、どのような記録を用いるべきでしょうか。このような現場の先生達に役立つツールをつくりたいと思っています。まだまだ、改良すべき点はあるかと思いますが、
①保育者の行う保護者支援について
①記録の方法であるF-SOAIPについて
③記録システムCovapについて
という3点について解説します。
目次
クリックすると該当ページに飛びます。
1.保育者の行う保護者支援について
*リンク先に飛べない部分は、まだ作成中です
1-1. 保育者の行う保護者・子育て支援について
保育所保育指針の第1章総則(2017)には、「保育所は、入所する子どもを保育するとともに、家庭や地域の様々な社会資源との連携を図りながら、入所する子どもの保護者に対する支援及び地域の子育て家庭に対する支援等を行う役割を担うものである」とあります。
また、第4章には、子育て支援として、保護者が支援を求めている子育ての問題や課題に対して、保育士は保護者の気持ちを受け止めながら、相談・助言等を行うことや、保護者と連携して子どもの育ちを支える視点が保育者に求められています。
保育者にカウンセリング的・ソーシャルワーカー的役割が求められています。
1-2. 保護者支援の難しさ
一方で、保護者支援の難しさが様々な研究から明らかにされています。
○ 保護者支援の困難さは多様な要因(保育者、保護者、子どもなど)で生じている
○ 保育者の経験年数に関係なく困難さを感じている
○ 経験年数の違いによって、困難さの内容が変わってきている
以上のことから、私たちは保育士の抱える困難感を関係性の視点から分類しました。
保育者の行う保護者支援の難しさを関係性の変容という観点から分析しました。次のページをご覧ください。
1-3. 保護者支援における保育士の抱える困難感
以下の図は、私たちの分析による図です(勝浦・上田 2020)。
関係構築期
関係葛藤期
関係困難期
フェーズ
コミュニケーション
相互理解
子どもの最善の利益
ソーシャルワーク
各フェーズで求められる
保育士の専門性
保育士・保護者の特徴
によるつまづき
子どもの姿を伝達する
難しさ
子どもと保護者の
相互理解のすれ違い
子どもと保護者の
ニーズの板挟み
保護者からの信頼感を
失う
保育士の抱える
困難感
保育士の困難感の
背景要因
保育システム 社会背景
保育者と保護者の初期関係構築において、コミュニケーション不足やすれ違いから肯定的関係ができなくなると、関係困難となることが多い。
*但し、本研究は文献研究であるため、肯定的な関係に向かう変容が十分に描かれてない。この点は、次の調査を参照ください。
1-4. 保育士の抱える困難感ーアンケート調査から
このような保護者との関係構築において、保育士はどのような困難感を感じているかについて、アンケート調査を行いました。
2022年に行った調査(回答者302名)では、困難さを感じる事例を分類したところ、
⑴保護者の養育態度
⑵自身の伝え方や対応
が、大きな要因となって、困難感に繋がっていることが明らかになりました。
保護者の様々な養育態度に対して、どのように保育士自身が考えていることを伝えていくのかが、困難感を解消することに繋がると考えられます。
また、このような困難感を抱える事例がどの程度の期間で解決したか、話し合いの回数、解決となった要因について尋ねました。その結果、1年以上の事例が約36%、話し合い回数も10回以上にわたるものが約25%あった。
困難感の解消の要因と、期間との残差分析を行ったところ、話し合いでは、1ヶ月以内の解決が有意に高いことが明らかになりました。
また、解消の要因と話し合い回数でも、1−3回目の解決が有意に高いことが明らかになりました。
これらのことから、初期対応で解決に至らなければ、長期化・未解決化することが示唆され、保護者支援において、初期の対応が重要であると言えます。
1-5. 保育士の抱える困難感ーインタビュー調査から
さらに、複数の保育士に、保護者支援における困難感についてインタビュー調査を行いました。
インタビュー調査からも、保護者との関係における「ボタンの掛け違い」による「認識のずれ」が、長期化することが示されています。
1-6. ワン・ケース・クライシス
アンケート調査と、インタビューの調査から、多くの保育士は保護者と良好な関係を築き日々の保育を行っていることが明らかになりました。しかし、一方で、保育士キャリアの中で、ストレスを強く感じる、1回の出来事を経験することで、離職したくなったり、実際に辞めることにつながっているようです。
このような1回の困難感を感じる事例を経験することが離職につながることを、「ワン・ケース・クライシス」と呼んでいます。
保育士がワン・ケース・クライシスで離職することないよう、園の組織的な取り組みはもとより、外部との連携も必要になるでしょう。そのためには、情報を共有しやすい記録の書き方が有益なると考えています。
2.F-SOAIPを用いた記録について
ー簡単で、短時間に、ポイントを押さえた記録を書く
簡単で、短時間に、ポイントを押さえた記録を書くために、本研究で採用したのが、F-SOAIPという考え方です。これは、医療・福祉領域において、活用実績のある項目形式の経過記録法の一つであり、本研究グループの小嶋先生・嶌末先生によって提唱され、広く活用されています。この方法を保育領域においても展開しています。
書籍
医療・福祉の質が高まる 生活支援記録法[F-SOAIP]: 多職種の実践を可視化する新しい経過記録
ホームページ
F-SOAIP
https://seikatsu.care
2-1. F-SOAIPとは
F–SOAIP とは,医療・福祉領域において活用実績 のある項目形式の経過記録法の一つで、「多職種協働によるミクロ・メゾ・マクロレベルの実践過程において、生活モデルの観点から、当事者ニーズや観察、支援の根拠、働きかけと当事者の反応等を、F –SOAIPの項目で可視化し、PDCAサイクルに多面的効果を生むリフレクティブな経過記録の方法(Ver.4,2019 年 11 月)」(嶌末・小嶋,2020,p.16)と定義されます。
F-SOAIPは以下の項目で構成されています。
2-2. F-SOAIP記録の書き方
このようなF-SOAIPによる記録の書き方は、保育所における自己評価ガイドラインともマッチしています。
例えば,「『誰が』という主語が分かるように書 く([S][O][I]を書き分ける)」「特に印象的だった子どもの発言([S])はそのまま書き留める」「事実([O])と自分の理解や考察([A])が混同しないように明確に書き分ける([O]と[A]を書き分ける)」といったことを意識して書くことで,その記録を後で他の職員と共有したり自分で読み返したりする際に,読み手が内容や書き手の視点([F]) を理解しやすくなります。
厚生労働省(2020)保育所における自己評価ガイドラインより
太字は、筆者らが加筆
2-3. F-SOAIP記録の実例
実際に、F-SOAIPを用いて書かれた記録の例です。最初は項目に戸惑うかもしれませんが、慣れると、すぐにどの項目かがわかるようになるでしょう。
右表は、中村(2020)より抜粋
2-4. F-SOAIP記録を用いるメリット
このようなF-SOAIPを用いた記録を書くことでどのようなメリットがあるでしょうか。右の図が実際の保育士の声をまとめたものです。特徴として、
があげられます。
右図は、中村(2020)より抜粋
2-5.より簡単に、早く、情報を共有するために
近年、保育園や幼稚園で記録の重要性が高まる一方、数多くの記録を書く必要にせまられており、それが保育者の負担となっています。また、記録のための記録になったり、手書きであればその不便さもあるでしょう。
子ども理解を深めていくための記録であれば、エピソードなどで書くことも必要になりますが、簡単に、早く、情報を共有することのできるF-SOAIPを用いた記録は、業務の効率と情報共有に有効であると思います。
次に、F-SOAIP記録を書くためのシステムについて説明します。
3. 記録システムCOVAPについて
F-SOAIPによって記録を書くことは、手書きやワード、エクセルを用いても十分に可能なものです。ですが、F-SOAIPの項目を手早く入力するできなかったり、園内で共有することの難しさもあるかと思います。
そこで、私たちは、F-SOAIP記録に特化した記録システムを作成しました。
F-SOAIP項目を用いること、また、任意の記録を特定の相手(行政や臨床心理士など)に簡単に送信することができるようになっています。
本記録システムを Connect of Various Another Professional の頭文字をとって
COVAPと呼んでいます。
←COVAPシステムはこちらを
クリック!
3-1. 記録システムCOVAPの紹介
COVAPは、webベースの記録データベースです。
下は、記録の詳細ページです。
それぞれの記録の文章が入ります。
記録の基本属性です
Fの項目が入ります
ここで項目を選びます
3-2. 記録システムCOVAPの使い方
COVAPは直感的に使いえるように設計されています。以下の順で使用してください。
① システム管理者の登録:園の管理者が最初に登録を行います。
② ユーザー登録:園の管理者が園で使用するユーザーを登録します。
③ 記録システムの活用
④ 必要に応じて、相談機能の活用
となります。詳しくは次ページのマニュアルをご覧ください。
3-4. 外部とのゆるやかなつながりのためにー相談機能について
本研究を進めていくうえで、保育者が困難感を感じた際に必要なことは、行政や臨床心理士、様々な領域の有識者といった外部との連携でした。しかし、外部と連携するためには、その事例についてのプロセスを説明することが求められます。F-SOAIPをもちいた記録はそのような場合にも、活用することができます。
また、COVAPの中で、登録した外部の専門家(臨床心理士など)にWeb上で相談することが可能となっています。園と連携している外部の専門家がいる場合は、登録の上、こちらの機能もぜひ活用してください。
ここから、相談機能が
使えます。
研究成果一覧
勝浦眞仁,藤井真樹,上田敏丈 2024 専門家が巡回相談において求められる観点の検討
ー語り合いを通してー 総合文化研究所紀要 41
中村聖子 2023 保育記録へのF-SOAIP援用による保育者の意識の変容. 国際幼児教育研究 30 67-81
上田 敏丈, 加藤 将希, 清水 千里, 瀬古杏南, タントン ナターシャ, 出口 志穂, ジョウ エイ, ヨウ ギョウトウ 2023
保育士が困難感を感じる保護者支援の実態と課題 -アンケート調査の自由記述に着目して- 人間文化研究 39 13-26.
勝浦眞仁, 上田敏丈 2022 諸外国における子育て支援の実態を探る 桜花学園大学保育学部研究紀要 26 61-72
中村聖子, 上田敏丈 2021 保育の記録におけるF–SOAIP 援用の有用性の検討 . 質的心理学研究 20(Special) S22-S28
勝浦眞仁, 上田敏丈 2021 保護者支援における保育士の抱える困難感のフェーズを探る
ー保育士による保護者支援のための文献研究ー 桜花学園大学保育学部研究紀要 24 35-50
[論文]
[研究発表]
上田敏丈, 中村聖子 F-SOAIPに基づく保育記録システムの開発と活用
日本社会福祉マネジメント学会第04回研究大会 2023年11月10日
勝浦眞仁, 上田敏丈 保育園への巡回相談記録におけるF-SOAIPの活用と課題(1)ー衝動性のある幼児に対する配慮に着目してー
日本教育心理学会第65回総会 2022年8月10日
上田敏丈 配慮の必要な保護者への保護者支援 ー利用者支援専門員インタビューから
TEAと質的探究学会第2回大会 2023年6月11日
上田敏丈, 中村聖子 F-SOAIPに基づく保育記録システムの活用
日本社会福祉マネジメント学会第03回研究大会 2022年11月4日
上田敏丈, 加藤将希, 出口志穂, 清水千里, 瀬古杏南, タントン ナターシャ, ジョウ エイ・ヨウ ギョウトウ
保育士が困難感を感じる保護者支援の実態と課題ーアンケート調査の自由記述に着目してー
第18回日本子ども学会学術集会 2022年10月8日
TEAと質的探究学会第1回大会 2022年10月1日
上田敏丈, 勝浦眞仁, 中村聖子
保育所における 配慮の必要な保護者への子育て支援ー保育士へのアンケート調査からー
日本教育心理学会第64回総会 2022年8月10日